カテゴリーアーカイブ カンボジア

投稿者:hadmin

カンボジアシルク TUNDRA(ツンドラ)

 5年ぶりにシェムリアップにやってきました。ネクタイ専門店TUNDRA(ツンドラ)の、世界の伝統織物を巡る旅のはじまりです。

経済成長著しいカンボジア、アンコールワットで有名な都市シェムリアップがどれだけ変わったのかと思っていましたが、正直言ってそこまで大きな変化は感じられませんでした。けど、成熟した観光地の証といわれるハードロックカフェが2014年にオープンし、ツーリスト向けの洗練されたお店が増えているのは間違いないですね。

さて、おそらくカンボジア・シルクでは最も有名な「Artisans Angkor」の工房に行って来ました。ここの商品は空港のおみやげ屋さんにも並んでいるので、見たことのある人も多いはずです。 http://www.artisansdangkor.com

シェムリアップから車で約30分、

投稿者:hadmin

中国出資のカンボジア巨大ダム、数万人の生活破壊 人権団体報告

【8月11日 AFP】中国が出資するカンボジアの巨大ダムについて、エネルギー生産量が当初の計画を下回っている上、数万人の村人の「生活を流し去った」とする報告書を10日、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(Human Rights Watch)が発表した。

 カンボジア北東部にある発電量400メガワットの「セサン下流2水力発電所ダム(Lower Sesan 2 Dam)」は、2018年12月の開業以前から長らく論争を巻き起こしていた。

 水産専門家は、資源豊かなメコン(Mekong)川の主要な支流であるセサン(Sesan)川とスレポック(Srepok)川の合流点をダムにすると、メコン川の氾濫原沿いに住む数百万人にとって重要な水産資源が脅かされると警告していた。

 2019年8月のこと、現地調査でカンボジアに入った。
運転手が、仲良くなるにつけ、フン・セン首相への不満を小出しにし、いろいろ聞くごとに、ますます怒りが収まらないようで、ずっと文句を言っていた。
中国の走狗と化したフン・セン首相。国民のことなどほとんど考えることなく、金儲けに走っていると見受けられる。

[プノンペン 22日 ロイター] – トランプ米大統領はカンボジアのフン・セン首相に書簡を送り、カンボジアを「民主的な道」に戻すよう呼びかけた。地域で中国に最も近い同盟国である同国との関係の改善に努めた。

フン・セン首相を巡っては、人権面での対応を改善するよう西側からの圧力が強まっている。

トランプ大統領の書簡は11月1日付で、ロイターが22日に内容を確認した。それによると、大統領は「将来的な二国間関係にとって、あなたがカンボジアを民主的な統治の道筋に戻すことが重要だ」とした。

投稿者:hadmin

IKTT(クメール伝統織物研究所)とは?

森本喜久男氏が、1996年にカンボジアの伝統的絹織物の復興と調査研究、その活性化を推進するために設立した団体。
シェムリアップ中心部から車で1時間ほど離れた場所に、「伝統の森」と呼ばれる染織物の村を抱える。

投稿者:hadmin

アンコール遺跡群 「タ・ソム」 Ta Som, Cambodia

ジャヤヴァルマン7世が、父のために建てた寺院

投稿者:hadmin

クメール文字が、ごにょごにょでなく文字として見えてくる感動の瞬間

スオスダイ!Nancyです。前回のクメール語レッスンの後、プチュンバン(クメールお盆)の連休があり、レッスンはしばしお休みでした。が、その間の宿題として習った子音(20字)をノートいっぱいに書きました。

うーんぎこちない!最初はお手本を見て、見よう見まねでゆっくりと書いていたのですが、そのうち突然、文字に見える瞬間が来ました!

これ。カンボジアでは有名なペットボトルの水。ベトナムのLa Vieのような存在でどこでも売っています。
このごにょごにょ、もしかして…

វី តា ល់?

វ=v

ី=əi

ត=t

ា=a

ល=l

おお、Vital!!読めたー!

(ល់ この文字の上の縦棒がちょっとわかりませんが…しかしこの縦棒も水滴としてデザインの一部になっています)

英語表記でもiの点が水滴のデザインになっていました。

あーこんな風にクメール文字は書かれているんだ…

ゼロから話せるカンボジア語によると、クメール文字はこうやって出来ているそうです。

これ、私には衝撃だったんですが、クメール語の文字の構造はまず

1. 子音を真ん中に書き、

2. 脚文字(二つ目の子音のこと。もしあれば)を1の左右か下に書き、

3. 母音を1.2の左右か上に書きます

左から右へ、子音+母音、と表記する以外の方法があるなんて。もう、全く新しい世界です。

母音は独立していないので、子音にくっつくしかなく、母音 「記号」と呼ばれています。文字ですらない!子音が重要なんですね。この薄い丸の部分が子音なんですが、子音を取り囲むように母音記号をくっつけます。

Macでクメール語を打つため、キーボードビューワーを出してみました。

赤く囲んだ部分、「これは読めるわ!1から9と0の数字だ!」と感動したのですが、それもそのはず、実際のキーボードでも数字の場所でした。逆にいうと、クメール数字を読めるようにするためにキーボードビューワーを出してもいいかもしれません。

これは ៥០០=500リエルです。

お札もクメール数字で書かれているので、その確認などにいいかもしれません。(アラビア数字でも書かれていますが)

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投稿者:hadmin

IKTTは、いつ始まったのか?

森本喜久男氏が、1996年1月にカンボジア政府からNPO法人の認可を受けました。
2002年7月に、まず約5ヘクタールの土地を取得しました。これが、「伝統の森・再生計画」の第一歩でした。
翌2003年の2月からは、カンポット州タコー村の若者たちが住み込み、開墾に着手します。一方で、桑や染め材となる植物の苗を準備して育て始めました。こうして、シエムリアップの工房での織物づくりと並行して、「伝統の森」での森の再生と、新しい村づくりが始まったのです。荒れ地をひらき、道をつくり、少しづつ開墾エリアを広げ、そこに桑や藍の苗を植え、野菜畑をつくり、家を建てたりと、すべては手づくりです。
その後、何度かの土地の拡張を経て、現在「伝統の森」は、約23ヘクタールの規模にまで広がりました。

森本喜久男氏プロフィール

1948年生まれ。
1996年にカンボジアの現地NGOとしてIKTTをプノンペン郊外のタクマオ市に設立。以来、内戦下で途絶えかけていたカンボジア伝統の絹織物の復興と、伝統的養蚕の再開に取り組む。
2000年、IKTTをシエムリアップに移転。工房を開設し、研修生の受け入れを開始し、伝統的な絹織物の制作と並行して、若い世代への染め織り技術の継承に努める。
2002年、シエムリアップ州アンコールトム郡に約5ヘクタールの土地を取得し、「伝統の森」予定地とする(後に23ヘクタールにまで拡張)。
2003年、IKTTのプロジェクトとして「伝統の森・再生計画」に着手。荒れ地を拓くところから始め、小屋を建て、井戸を掘り、畑をつくり、野菜・桑・綿花を栽培し、養蚕をし、自然染色の素材となる木々を植え、自給的な染め織りが可能な工芸村を立ち上げた。自然染料による染織を核にしつつも、人びとの暮らしの再生と、人びとの暮らしを包み込む自然環境の再生に取り組むIKTTのプロジェクトサイトを「伝統の森」と呼ぶ。
2015年、白水社より『カンボジアに村をつくった日本人 世界から注目される自然環境再生プロジェクト』を上梓。

2017年、旬報社より『自由に生きていいんだよ お金にしばられずに生きる“奇跡の村”へようこそ』を上梓。第21回女性伝統工芸士展にて特別講演。第11回読売あをによし賞(奨励賞)を受賞。7月3日、治療のため一時帰国中に死去。

森本氏が、まだ道半ばで逝去されましたが、その道を引き継いだのが、岩本みどりさんとのこと。

岩本みどりさんへのインタビュー

どうしてその仕事をやろうと思ったのですか?
大尊敬するIKTT創設者の故 森本喜久男の近くで学びたいと思い、IKTTで働けることになったのが2015年。
森本さんからは、生き様、思想哲学、美意識、心、物作り、伝統、その他様々な事を学びました。 森本さんはアーティスト、経営者と2つの顔を持っていました。そんな森本さんが亡くなる数ヶ月前「岩本はディレクターなんだよ。自分の美意識をここで表現したらよい。それは自分の学びにもなるし、職人達の学びにもなる。それが新しい伝統に繋がるんだ」と言ってもらいました。
昔から「これがしたい!」というのが特に無かった自分にとって、目の前にある事を一生懸命にやる事で、森本さんとこの場所と、そしてこの仕事にたどり着いたのだと思います。
それは子供の頃から「何かを表現したい、美しいモノが好き」という漠然とした思いが招いた、今までの人生の選択の上にあるのかもしれません。